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| たんぽぽの家施設長の白岩様と矢内様に初めてお目にかかったのは3年前の仙台展示会。小柄な女性施設長の満面の笑みと矢内さんの熱心でとても丁寧な話し方を私は今でもはっきりと覚えている。 施設長は、今になって思えば社長と面談して商圏分析をしてもらった事と、麺の出来が悪い!と社長がお客様の前で営業マンを叱っていた事がとても印象的だったと仰る。真剣に怒っている社長を見て本当に熱心な人だと思って下さったそうだ。 初めての出会いから2年くらい月日が過ぎて大和を忘れかけていた頃に「大きなチャンスが訪れたのよね。急に」と今回取材をお願いした私に目をキラキラさせてお話して下さる。 |
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| 千載一遇のチャンスを逃さない |
| 「誰にでもチャンスの鳥が目の前を飛ぶ事があるのよ。 その時にぱっと捕まえなくちゃ。それを見送るとなかなか 次のチャンスはそうそう巡ってこないのよ。」と、これは施設長の名言。 「あの時はうどんの事業を起こせる条件が不思議なくらいどんどん整って来たの。」と仰るものの華奢な外見からは創造を絶する施設長のバイタリティでその不思議を引き寄せていたに違いないと私達は確信している。有り難い事にそんな折にフッと大和を思い出して下さったそうなのだ。 それからはもう凄いスピードで計画が進んでいった。 |
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| 信頼関係という原動力 |
| 半生の製造ラインというのは個店用の麺機と違いかなり大掛かりで殆どがオーダーメードなのだ。製麺・熟成・乾燥・梱包とレイアウトを考え機械の能力を計算し綿密に計画を進めて行かなければならない。それぞれの担当者との打ち合わせも必要になるわけだが施設長のお人柄でお目に掛かった回数は少くても大和のスタッフも皆ずっと昔からお知り合いだった錯覚を起こしてしまうらしい。 その上、次々とご紹介して頂くたんぽぽの家のスタッフ様どうしてこんなに?と思うほど好感が持てる方ばかり。真面目で超働き者の純朴な方揃いなのだ。何より施設長との信頼関係が絶対的な彼らの原動力になっていることが私達にも伝わってくる。 そんな事だったので、やらなければいけないことは山積していたが終始とても気持ちよくお仕事がさせて頂けた。 |
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→たんぽぽの家様が生み出した半生うどん「一歩」 |
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| 信頼関係で成り立つ組織 |
| 麺機等の設計が一段落すると次は製麺のトレーニングが必要。大和の本社がある香川県で1ヶ月間の研修開始だ。そもそもこの計画は施設長の障害を持つ人達の雇用と自立トレーニングを半生麺の製造販売することで両立させて健常者と変らない待遇を与えてあげたいとの気持ちから始まった。だから研修も「私が行きます」と仰り矢内様と一緒に当社の半生麺工場で朝から晩まで麺工場のスタッフと一緒に作業をされた。 |
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| 「施設で待っているメンバーさん達にトレーニングするんだ!」その一心だった思う。本当に凄いパワーだ。研修の間、施設を支えて1つのトラブルも心配事も起こさないお留守番組みのスタッフも素晴らしい。江尻様・緑川様・大野様芳賀様・中川西様・阿久津様が施設を守り通して下さいました。 そんな皆様の強い強い団結力でたんぽぽの家の半生麺事業は設立されました。 |
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| 2007年11月ついに開所! 約半年経った今・・・ |
| 開所式は去年の11月。それから約半年経った今・・・・。施設はどうなっているんでしょう??施設設計の段階から製麺室は全面ガラス張り。「見学者がたくさん来て下さるから」と自信たっぷりの白岩施設長。その自信はたんぽぽの家全員でベストを尽くした結果。清潔であたたかい木造の施設は開放的で明るい雰囲気。 製麺担当のメンバーさん達がわき目も振らずに頑張っています。今では「この麺はダメ。」と厳しいチェックをして下さっているとか・・・・。 |
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→こんなものまで!?たんぽぽの家様が作るカスタムパッケージ―矢印を合わせて別画像をご覧下さい |
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| 成功が生む次の挑戦 |
| たんぽぽの家の麺は「一歩」と施設長に命名されて今大きな一歩を踏み出しました。美味しいと評判が評判を呼んで1日6袋(約1,500食)を製造しても在庫は殆ど無い状況とか・・・・。更に7月には海外7カ国から製麺施設の見学予定があり話題は国内だけにとどまりそうも有りません。それでも「まだまだ」とどんどん新しいアイディアを出すエネルギッシュな施設長には脱帽です。そうして、その施設長を支えているたんぽぽの家の皆さんに心からエールを送りたいと思うのです。 |
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